こんばんは。
自分自身の「私の留学への道(4)」に長い間手を付けなかった事を気にしながらも3月になってしまいます。これではいけないと過去の記憶を再びたどる事にしました。
今回はカルガリー空港からBanffの家に到着後の事を書かせていただきます。
空港でここまで一緒でした邦子さんと「頑張ろうね。」と、言い合い別れましたが、彼女にはおよそ3ヵ月後に会う事が出来ました。このお話は後日書かせていただきます。
空港を後にし、映画でしか見ることの無かった何車線もあるハイウェーに入り、車は徐々にロッキー山脈に近づいて行きました。
時差の関係でこの頃は日本では夜中だったと思います。フレイムさん達が色々と話しかけてくれるのですが眠たい為なのか、英語力不足なのか、殆どの内容が理解できないまま眠気が襲ってきました。ところが、ふっと気がつくと私の周囲360度にはロッキーの大パノラマが展開され始めておりました。言葉では言い尽くせない景色のすばらしさを目の前にし、内心の興奮状態を抑えながらも、涙が出てきた事を覚えております。
カナダ時間の4月19日、日本では春たけなわなのですがBanffの街は雪に覆われておりました。
家の中に案内され、目の前にはヤハリ映画でしか見た事が無い様な部屋の模様でした。娘のKimと同じ部屋を使うように言われたのですが、ここでの驚きは各部屋にトイレとお風呂が有った事です。現代の人たちはこんな事は勿論ご存知だと思いますが、私たちの時代にはこんな些細な事でも感動に継ぐ感動でした。到着早々、色々なことを覚えなくてはいけないと張り切っていたのですが、気がついた時には「晩御飯だよ。」と、Kimに起されるまでベッドの上で熟睡しておりました。カナダ到着記念日の夕食はホットドッグでした。“カナダではお客様にこの様なご飯を出すのか~”と、驚きました。しかし、それは大きな間違いでした。私は到着した時からお客様ではなく、家族の一員になったのです。


私が到着した頃は復活祭の休日でkimもJeffも学校がお休みでした。次の日から自転車に乗り色々な所を案内してくれましたが、問題はカナダの4月の寒さについての知識が無かったため防寒具を持っていなかったことと、子供用自転車のペダルに足が届かなかった事です。また、自転車には止めて置くためのスタンドが付いておりませんでした。この時お母さんから冬用のジャケットとブーツをいただきました。
“英語の習得は子供から習う事が良い。”と、言われますがその通りだと思います。二人の子供が私の先生です。毎日、色々なお友達を連れてきては、色々な遊びを教えてくれました。

数日して少しずつ慣れてきた私は、食事の準備の手伝、掃除洗濯など、家事一般のカナダ方式を教えていただきました。1週間に一度掃除をし、1週間に一度乃至は二度しか洗濯をしないと言う大変合理的で自分の時間を大切にする方式を学びました。洗濯機、乾燥機、皿洗い機、掃除機の大きさに驚き、ハンドミキサーの便利さに感心し、家中どこに行っても暖かく成っているセントラルヒーティングに感激しました。今では、日本でもこんなことは当たり前に成っているのですが、その頃の日本では信じられない現状ばかりだったのです。
さてさて、しばらくして気がついた最大の驚きは夜10時ごろになっても日が沈まないということでした。実際季節が進むにしたがって12時近くになっても日が沈まない事に驚きの連続でした。学校の勉強で社会(特に地理)が大好きでしたが、日が沈まない現象を目の当たりにしてロッキーの景色以上に感動しました。【地球は丸い。地球は広い。地球は生きている。】と言う感動でした。次回はフレイムさんご家族とのビクトリア、バンクーバーの旅行に関して書かせていただく予定です。Kazu