ご無沙汰しました。
昨年から日本に居なかったもので・・・・m(_ _)m
今日は1年2ヶ月ぶりで《留学への道 5》を書きます。

【留学への道 #5】
Banffでの生活が始まってから3日ほどたち、ホストマザーが「来週から旅行に行きます。ビクトリアです。
(と言われた気がします。実は何を言われたのか殆ど理解できませんでした。)」と告げられました。

この当時、カナダに来るためには“CPエアー(カナダ太平洋航空)”か、ロサンゼルス、サンフランシスコ経由(その他の都市数箇所経由有り)
でカルガリーに入るしかありませんでした。しかし、CPエアーは料金が高く毎日飛んでいなかったので、大韓航空でハワイ経由、ロサンゼルスで1泊しヒュウージエアー(アメリカ国内線。現在は会社自体有りません。)に乗り換えてカルガリーに入りました。

以前お話したようにカナダに関する知識は全くなく、バンクーバーも経由していないため「ビクトリア」と言われても地図上だけで理解している場所でした。

英語が殆ど分からないので何日に旅行に出かけるのか知らず、出発の前日になり家族が荷造りをしているので出かけることがやっと分かりました。

Banffを夕方出発した私たちが最初に止まったのがコロンビアアイスフィールドでした。
この時点で夜8時ごろだったと思いますが日が沈まずにとても明るかったです。

この当時のアイスフィールドはハイウェーの近くまで氷河が来ておりましたし、現在のバス乗り場の立派な施設はありませんでした。
アイスフィールドの前に小さなレストランが有り、そこで氷河を見ながら夕食を取りました。今でもその時に何を食べたのか覚えております。
“クラムチャウダー”です。生まれて初めて食べるクラムチャウダーは言葉で表現できないおいしさでした。
また、クラッカーを粉々にしてチャウダーに入れることも知りました。
この日はどこの町に宿泊したのかは分かりませんが、宿泊所はモーテルでした。
車を部屋の前に停め、ロビーを通らずにに部屋に入ることができる便利さには驚きました。

そして、次の日のお昼ごろにビクトリア行きのフェリーに乗り、フェリー内のレストランで昼食になりました。
この時に食べた物も覚えております。サワークリームとバターをたっぷり乗せた“ベイクドポテト”です。クラムチャウダー同様生まれて初めて食べました。今でもアメリカ・カナダに行くと必ず一度は食べます。

ビクトリアに入って、私たちはかの有名な“エンプレスホテル”を斜め正面に見たモーテルに宿泊しました。
ここで感激したのは4月だというのに温水プールで泳げたことです。
この当時の日本では温水プールと言うものは大変珍しく、私の住む町には在りませんでしたのでこれも初体験でした。
一年中海に入っております私にとっては最高の物でした。

今回のビクトリア訪問の目的はホームステイ先のご夫婦のご両親に会うことでした。もちろんこの事は暫くして英語が理解できるようになってから分かったことですが・・・(恥)。

到着した次の日、大変豪華なアパート(日本ではマンションと呼ぶような建物)に行きました。ここにはホームステイ先のお父さんのご両親が住んでおり、シニアシチズン用のアパートメントで、日本で昨今言われておりますバリアフリーで車椅子でも自由に動くことができる広さでしたし、入居者をお世話する人たちも常駐しておりました。
こんな昔からカナダではシニアが暮らしていくための設備や環境が整っていたのです。

ビクトリアで2泊し色々な所を観光しましたが、温水プールの印象が強すぎて何処を見たのか覚えておりません。
しかし、入場券やパンフレットは保存をして有りましたので、その後仕事をするようになってから大変役立ちました。
バンフに戻る途中ホストマザーのご両親の家に寄り1泊しました。ここは牧場をしており、生まれて初めて馬に乗りました。

こうして4泊5日の旅行は終わりました。見る物、聞く物、食べる物、全てが初めてで感動に継ぐ感動でした。
また、カナダの人たちは車で15時間以上もかかる場所へでも気軽に出かけ、行く先々で人々が楽しく、快適に暮らしていくことができる施設や環境を見て、日本人の考え方や現状を考えさせられました。
この当時も今も、日本という国が人間らしく暮らしていくことができる環境の貧しさを痛感させられます。

今月末にアメリカに行きますので暫く留守にいたしますが次回もこの続きを書く予定です。少々お待ちください。
                                              Kazu