先回お話しました続きです。
ある日学校の帰りにBanffストリートを歩いていると二人の日本人男性に「日本の方ですか?」と声をかけられました。
その方たちは中央大学の山岳部の方たちでロッキー山脈で山登りをしていて数日後には日本に向けて出発するとの事でした。

そして、その帰り方がとても興味深いものでした。日本のある自転車メーカーがスポンサーになっているのでBanffからはロッキー山脈超えをしてアメリカに入りサンフランシスコへ抜けると言うことでした。

この話は本当に壮大なことで、日本に居ては夢のような話ですが、カナダの雄大なロッキー山脈を見て暮らすようになった私には現実として聞くことが出来るようになっておりました。

そして彼らは面白いことに持ってきた登山道具を路上販売しなくてはならないとのことでした。何故なら、登山用具は重くて自転車に積んでロッキー山脈は超えられないからだそうです。次の日彼らがキャンプを張っているトンネルマウンテンのキャンプ場まで自転車で出かけました。さすがに自転車でこの山を登るのはきつかったです。

キャンプ場で昼食をご一緒し、昨日の路上販売で残った日本の漫画(黒鉄ヒロシ氏)手袋、粉醤油、日本茶等をいただきました。漫画本はとても嬉しかったです。

その当時としては最新式の自転車に残った荷物を乗せBanffをあとにされました。3日間ほどご一緒させていただきましたが、登山のことや世界中の山のことなど面白いお話を沢山聞かせていただきました。

この方たちとは今でも連絡を取りあっております。そして、ロッキー山脈超えをした自転車はサンフランシスコの自転車店に飾られたそうです。

そして、黒鉄ヒロシさんの漫画本はその後にBanffを訪れた世界1週をカナダから始められた方に進呈しました。この漫画本を進呈した方はホームステイ先のお父さんが経営しているホテルのレストランで皿洗いとして暫くの間働くことになりました。このレストランはBanffでメリッサというアルバーター牛のステーキ屋になっております。


そうそう、この頃はホームステイ・ホストマザー・ホストファザーと言う言葉は英語には存在しませんでした。

次回は春が終わりそうな頃からホームステイ先がホテルをオープンする準備に入り、ホテルをオープンし、お母さんたちが忙しくなり始めた頃私が何をやっていたのかお話します。これもホテルの勉強のために、そして夢に向かっていくためにはとてもためになったことです。kazu