以前にお話をしたようにこの頃の大学は語学学校を持っていません。英語能力が不足していても語学専門学校自体が無いので英語だけを勉強することは出来ません。大学側も英語のスキルアップを助けてくれるわけでもありませんし、英語が出来ないからと授業やテストに関して私だけを除外することは出来ません。つまりは自分で自分の能力を高めるしかありません。

そんなぎりぎりの状態でも日本に帰ろうと考えたことはありませんでした。日本に帰ろうと考えなかったのには、この時代は簡単に日本に帰ることができない時代だったからです。

 日本を出る時に言われた言葉は「親が死んでも直ぐに帰ることが出来る距離ではないから」  この言葉は飛行機に乗っている時間、カナダでの移動時間、時差による日付の変更など等・・・実感しました。近頃ではカナダやアメリカへ行きなれているので距離感は余り感じませんが、この頃は「地球の果てに来た」と感じました。

今の時代のようにテレビやインターネットで世界中の情報が直ぐに手に入るわけではありません。日本の色々な情報がカナダに入ってくるわけでは有りませんし、カナダの情報が日本の家族に入ることも稀でした。しかし、アメリカの情報量は世界中のどこの国よりも多かったです。

日本の情報で唯一覚えているのはオイルショックにより日本では洗剤が無く、洗濯をするためにボディー用の固形石鹸で洗濯をしているというニュースがテレビで流れていたことです。それ以外の日本に関するニュースは殆ど無かったと記憶します。そんな時代ですから日本に帰るのは金銭的にも物理的にも精神的にも出来ることでは有りませんでした。

さて、図書館のお茶会に行くことをやめた私の英語学習方法は子供たちとテレビを見ること、子供たちや彼らの友達(小学生)と一緒に遊ぶこととなりました。子供たちとテレビを見るのは子供番組で使われている単語が簡単で文章も短かったからです。
そして、これだけでは到底不足だと思い、学校が終わってからは極力家から出るようにしました。Banffに到着した後「初めての日本人留学生」と言う事でBanffの新聞に私の紹介がされました。この記事が役に立ち、スーパーマーケットや色々なショップで皆さんが話しかけてくれました。
家の前の道路を渡ればボーリバーが流れています。毎日のようにボーリバー沿いを散歩しベンチに腰掛、色々な人たちと雑談をして時を過ごす事を始めました。これもまた私のスキルアップに役に立ちました。また、ホテルやレストランで働いている人たちも私を見かけると声をかけ、暇が有ると色々な所に連れて行ってくれました。

彼らが連れて行ってくれる場所の一つにマクドナルドハンバーガーが有ります。マクドナルドハンバーガーを知ったのはこの時でした。既にマクドナルドは日本の銀座に在ったようですが、貧乏学生である私は日本では行ったことも無く、食べたこともありませんでした。ただ、子供の頃に見たアメリカのテレビ番組でハンバーガーを見ていたのでどのようなものかは分っていました。そしていつかは食べてみたいと思っていました。今思うとその時に食べたハンバーガーは本当に美味しかったです。
子供の頃夢を見て憧れたことが一つ一つ現実になっていくのはとても幸せでした。  Kazu

※ご質問等が有る方はお気軽にコメントでご連絡ください。