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また、復活させていただきますのでよろしくお願いいたします

高校生の時にAFSと言う高校生の交換留学生制度で留学をしたいと思い、調べたことが有りましたが費用などの面で諦めるしかありませんでしたし、外国は危険なところだという周囲の偏見で諦めるしかありませんでした。それでも外国と英語に繋がっていたい私は暗中模索の状態でした

高校2年生の夏休み東京へ遊びにいきました。目的は大学を見に行くことと観光でした。
皇居、東京タワー、新宿等、地方に住んでいた私は東京の有名な場所に憧れ、3泊4日で夏休みのため帰郷していた先輩のアパートを借りて東京生活を楽しみました。
ここでの最大の目的は外国人と話をすることでした。観光地には外国から来た人たちがきっとたくさん居るだろうと思い、又その方たちは皆さん英語を話すだろうと思い込んでいたのです。残念なことにたくさんは居なかったですが、それでも数人の方と話しをする機会がありました。
ただ、自分の英語力で話すことは「どこの国から来たのですか?」「目的は何ですか?」「日本の印象はいかがですか?」などでした。もっとも、これ等の会話を事前に用意して行ったのですが(笑)今思うととても恥ずかしい行為で、英語力は全く無く無謀なことをしたと思います。
でも、私としては少しでも英語を話したい、本物の英語を聞きたいという考えしか有りませんでした。
英語を使うチャンスはこの時代にはこんなことをするしか無かったのです。

 修学旅行で関西方面に行った時も同じ事をしました。

大阪から神戸に向かう電車の中で外国の方を見つけ“ Excuse me. I learn to speak English. Can I talk to you?” と話しかけました。これが精一杯の英語能力でした。振り返るとこんな英語を話している時期が有ったのだ。と懐かしく思います。この時の外国の方は英語圏から来た方で私の訊いた事に全て答えてくれました。

高校3年生の時に外国を少しでも感じたくてその頃アメリカの一部であった沖縄に行こうと思い夏休みに大阪から沖縄に向かう2泊3日の船旅を決行したことが有ります。しかし、しかし・・・・・沖縄に行くにはパスポートが要ったのです(こんなことも知らなかったのです)。その頃の沖縄には英語が氾濫し、アメリカの生活が有ったのです。

結果は沖縄に上陸出来ず、沖縄の手前の与論島までしか行くことが出来ませんでした。与論島で1週間ほど写真でしか見たことの無い綺麗な海を楽しんできました。まだ見たことの無いハワイはこんな綺麗な海だろうか?外国へ行く船は何日掛かるのだろうか?目の前に見えている沖縄はみんな英語を話すのだろうか?と色々な想像をし、沖縄を目の前にした私は夢が膨らんでいくばかりでした。

沖縄には上陸できませんでしたが、「絶対に外国に行くぞ!」という思いを強くしましたし、与論島からの帰路は九州に上陸し、鹿児島、宮崎、大分と観光もし、挙げ句の果てには大分から乗った船は台風に追われて大阪からの汽車も台風に追われて戻ってきました。

こうして高校3年の夏休みは夢を何倍にもした貴重な夏休みとなりました。  Kazu