さて、自分の行動としてやらなくてはいけない事の一番目はパスポートの取得でした。

これは最初からとても大変でした。

東京に住んでいた私は実家に戻り申請と取得をするか、東京でするかでした。

東京で取得するためには申請に必要な書類を実家から取り寄せるしか有りませんでした。

今の時代のように、住んでいる地域の区役所や市役所に出向き戸籍や住民票の申請をすればコンピューター也ファックスで直ぐに手に入ると言うものでは有りませんでした。

戸籍や住民票を実家の家族に取得してもらい郵送してもらうしか方法が無かったのです。

それらの書類を郵送してもらい、必要な書類に記入して東京で申請書を出しました。

処が未成年者の申請ですので「保護者の承諾サインと捺印が必要です」と言われやり直しになりました。

実家に申請書を郵送し、記入後送り返してもらうような余裕は有りませんでしたので、公文書偽造になるのは承知していたのですが、留学手配会社の方に保護者名欄に親の名前を記入していただき翌日再度申請に行きました。

この時の係りの人の言葉を今でも覚えています。

「昨日申請に来たでしょ。昨日の今日では早すぎるからこれは本当の保護者のサインではないですね。」と言うものでした。

もちろん私は反論しましたが「親御さんをここまで連れていらっしゃい」と、私の反論も却下されました。

この言葉で実家に帰って取り直そうと決心しました。                                      翌日学校を休み新幹線に乗って実家に帰りました。

そして、実家の住所管轄である申請所に行きパスポート申請をやり直したのです。ここでは呆気ないほど簡単に申請が受理されました。

後から思ったことですが、この頃は学生運動が少し下火に成り始めた頃で、学生にはパスポートの取得は難しいことだったと思います。また、よれよれのジーパンを履き、よれよれのトレーナーを着て申請に行った私を係りの方は訝しく思ったのかもしれません。

もちろん地元での申請にはそれなりの服装をして出かけました。

この時の私の感想は「東京はなんて不便なところだろう。だから大都市は嫌いだ!」でした。

この頃の私はパスポートを取る事の知識もなかったのです。自分ながら良くぞカナダまで行けれたと感心するばかりです

パスポートを取得することも大変な時代でしたねー。

でも、夢のためにはこんな事でめげては居れないと思いましたよ。   Kazu

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