邦子さんはBanffアベニューから一本入った所にあるB&Bに泊まっていました。まだまだ、学校と家の往復、そして時々図書館に行くという生活しかしていなかった私にはB&Bが何であるのか知らず、家でお母さんに安く泊まれるところを教えていただきB&Bという言葉をはじめて知りました。

アメリカンブレックファーストという言葉やコンチネンタルブレックファーストという言葉も知らなかったのです。そして、このB&Bを見つけ宿泊が可能かどうかを訊く時に始めての英語を使いました。今でもその時の緊張感とどのような英語を話したのか覚えています。“ Is there any room available?”この言葉を言うのに勇気が要りました。そして通じた時には凄く嬉しかったです。(この時点でカナダに来てから数ヶ月、使っていない言葉はたくさん有ったのです。)
そのB&Bの経営者と思われる方の優しそうな顔もはっきりと覚えていますし、邦子さんが宿泊した部屋の様子も覚えています。
ホテル経営学を学びに行っている私としては、B&Bという言葉を知らなかったのは致命傷ですねー。       しかし、日本に帰ってくる間際にワシントンDCを目的地として色々な場所に放浪旅をしたのですが、この当時アメリカには民宿の素泊まりだけのような場所は在ったのですがB&Bは在りませんでした。やはりカナダはイギリスからの伝統文化が流れてくるのですね。

シャトーレイクルイーズにて。トシ子ちゃん、邦子ちゃん、サヒルちゃんと私です

さてBanffで色々なところを観光したある日、私たち5人はサヒルちゃんの運転する車でレイクルイーズ方面に行くことにしました。
この時レイクルイーズをカナダに来てから始めて訪れました。たしかビクトリアへ行くときにはコロンビアアイスフィールドに立ち寄っただけでした。
その後何十回と無くレイクルイーズを訪れていますが、始めてみた時の綺麗さは忘れません。もちろん生まれて初めて見る感動はプラスされていますが。今と比べると地球温暖化の影響があるのか、その当時のレイクルイーズは山々に雪も多く、湖のエメラルド色は濃かったと思います。今と違っているのはハイウェーを降りてから直ぐの湖に入る道路にはレストランやスーパーは有りませんでしたし、途中のホテルも在りませんでした。駐車場も完備されておらずモット狭かったです。そして、規模は今より少し小さいのですがスキー場は在りましたよ。でも、その頃も今も変らず居たのはリスたちです。