先回の続きです。

かつてニューヨークの地下鉄は落書きで有名でした

もちろんビルの壁、店のシャッターなどいたる所に落書きがあり、それはニューヨークの悪い部分の象徴のように思われておりましたが、一つの芸術でもありました。この頃、私達日本の若者は落書きだらけのニューヨークの街と冬にはマンホールから登る蒸気の湯気がある意味自由の女神やエンパイアーステートビルよりニューヨークの象徴でありこの目で実物を見たいと憧れました。

私が始めてニューヨークの街を訪れたのはカナダ留学時代にお友達に成りましたワシントンD.Cに住んでおられたトシ子ちゃんを訪れた帰りに1日だけ寄った時でした。12月の朝、グレイハウンドのバスから降りポートオーソリティの玄関を出た時の感動は忘れません。そして、夕方になった時にマンホールから登る蒸気を見たとき「私はニューヨークに居るのだ」と感激で夢が叶ったことを噛み締めていました。この時には夜に出発するバスに乗るため1日だけの滞在でしたが、ニューヨークの冬の暗さと“ココは怖い街だから注意、注意”と緊張したことを覚えております。

さて、この落書きもかなり姿を消していきましたが、地下鉄の中には昔ほどではないにしてもまだ見ることができますし、その地下鉄に乗っているとビルの壁などにも見えるところがあります。

今は地下鉄に乗るときには自動発券機で名刺大のチケットを買います。1回用、10ドル分用、1週間用などが有りとても便利になっております。かつては25セントコインより少し大きめのトークンが均一料金の25セントでチケットでした。この地下鉄にしろバスにしろ1回支払えばどこまで行っても同一料金なのですから赤字のはずです

そう言えば今も昔も地下鉄にはつり革や網棚が有りません。「アイラブ ニューヨーク」を読み返して知ったのですが盗まれるからついていないのだそうです。

日本では地下鉄の駅構内がとても綺麗ですよね。しかし、ニューヨークでは何十年も変っていないのです。30年以上前に住んでいた時と今と何一つ変りません。相変わらず車内の電気が消えても走っていますし、タイムズスクウェアーやグランドセントラルステーションの駅などはエスカレーターがまともに動いていることは無く、車内放送は有るのか無いのか分らないぐらいですし、ホームで待っていても電車が来るのか来ないのか分らないし、それを誰も文句を言わないのがアメリカらしいと言えば言えます。

名古屋万博が開かれた後、名古屋で地下鉄に乗り驚かされました。車内放送が日本語だけではなく、英語、韓国語、中国語とされていました。世界中何処の地下鉄もこのようなサービスは有りません。何も考えなくても、何も注意をしなくても良い至れり尽くせりの公共サービスが日本人の認知症発症率を高めているのではないでしょうか?利便性=速い老化スピードかもしれません。

先日ニューヨークで久しぶりにバスに乗りました。バスは空いていたので後方の出口近くに座りました。目の前に車椅子が固定ベルトで固定され高校生ぐらいの女性がお母さんと一緒に乗っていました。昔からこういう光景は見ていますが、当時は今と違いバスの乗り降り口が自動的に下がりませんので周囲の人たちが皆さんで助けて乗り降りをしていましたが、今は便利になり自動的にバスの床が下がり乗り降りすることが出来ます。先日テレビで日本の地下鉄や電車の中では混雑時にはベビーカーは使用しないようにする。ということを言っておりました。では車椅子はどうするのでしょうか?車椅子は混雑時には乗せないのでしょうか?「障害者は健常者と同じように扱う。」と宣言されてからどの位立つのでしょうか?ベビーカーでさえ苦情が出る状態で車椅子は大丈夫なのでしょうか?この情景を見た時、日本の欠点を見せられた気がしました。

さて、「アイラブニューヨーク」の中から今と昔のニューヨークの面白い違いを見つけたらまた書きますが・・・もう一冊「ニューヨーク春夏秋冬」という本を見つけました。ココから面白い違いを見つけるかもしれませんのでチョットお待ちください^^