夢を追いかけていた私がいた!

 

高校生の頃どうしても英語を話すことが出来るようになりたい私は英会話を教えてくれる機関が無いかと探しました。結局はアルバイトの給料で行くことが出来る文化センター主催の英会話教室3か月コースへ通い始めました。もちろん今時の英会話学校であるECCとかノバ等は有りませんし、留学をして帰国した方が教えているような場所もありませんでした。30名ほどの大人に交じり日本人の先生が1人、自分が話をする機会は1~2回程度、こんな状態でも英語が学べることがうれしくて仕方ありませんでした。ラジオやテレビの英語教育番組は聴くことがメインで会話することは有りませんので、英語を話すことが出来ることが楽しかったです。今思うとこの時の英語はあまり実践では役に立たないものでしたが。

高校生のころにネイティブの方と話す機会が3度有りました。1度目は高校生のある機関で県の会長をしており代表として東京の八王子で指導者養成講座が開かれ出席しました。その時アメリカの機関から3名の方がお見えになっており、彼女たちに挨拶と質問をしました。2度目は修学旅行で大阪市内から港に向かう一般電車内で神戸在住のアメリカ人の方と10分ほどのお話が出来ました。3度目は大学見学に東京へ行き、余った時間で皇居見学しようと考え皇居周辺において観光でいらした方と簡単な会話をすることが出来ました。3回ともとても短い時間の交流でしたが、初めてネイティブの方と話をすることが出来たときの感情は何十年も経った今でも覚えております。本当に貴重な体験で素晴らしい想い出です。現代では考えられないことですが、地方の都市では外国人に会うことが殆どなく、京都のような観光地へ行っても外国から来た観光客を見かけることはまれでした。

高校3年間はクラス担任が英語の先生と言うこともあり、英語を中心とすることが出来る期間でした。今の時代のように高校に英語科が有ればどんなに良かったか、と思います。

ラジオ英会話を聴き、映画は必ず外国版、海外の人と文通をし、Student Timesの新聞を読み、お小遣いをためて駅のキオスクでJapan Timesの英字新聞を買い隅から隅まで難しい単語を調べながら読み夢と憧れを膨らましていきました。