夢を追いかけていた私が居た!

大学に入り半年ほどは好きなことを学ぶことが出来る最高の時間でした。しかし、日が経つにつれ「大学で学ぶのはこんなものなのか?これではいつまでたっても英語を話すことが出来ないのでは?」と思うようになりました。

また周囲を見回すと一部の先輩たちは勉強をせずどのようにしたらテストで点を取ることが出来るかを真剣に考え、学校よりバイトや合コンに忙しく、授業出席は代返「これが最高学府?」なのかと悩み始めました。そして、自分自身も少しずつそんな生活に流されているのも感じました。

授業での専門教科は英語演習、英文講読、英文法、英会話、オーラルイングリッシュ、これらの中で残念なことにネイティブの先生は居ません。唯一英会話の講師はアルゼンチン女性でした。第二外国語としてドイツ語を取っていましたが日本人の先生で、授業内容としてはマリーアントワネットとワインの話が印象に残っております。毎回テストの時はドイツ語の辞書は持ち込みが可能でした。先生には申し訳ないのですがドイツ語を真剣に教えていただいた記憶が有りませんので話すことが出来ないのも当り前ですね。

 

夏休みも終わり、あの惰性に近い生活が始まるのかと思いながら学校に戻ったある日、1人のクラスメートが学生用英字新聞のスチュデントタイムスに国際ロータリークラブによる留学制度で留学希望者の募集が載っていることを教えてくれました。もちろんそのクラスメートも応募するとのことでした。

この留学制度は渡航費だけは自費で、その他の費用は国際ロータリークラブが出してくれるものでした。滞在先は各国のロータリークラブ会員宅でのホームステイ、期間は半年、それ以上はホームステイ先と留学生との話し合いで決めるとのことでした。ちなみに、この時代には「ホームステイ」と言う英語は有りませんでした。後にこの制度が多くなり出来た英語です

早々に応募したところ「✖月✖日に試験を受けに来てください」と連絡が有りました。

自分の夢を叶えるためのこのチャンスに掛けることにしました。

今の時代と違い、自費留学以外はフルブライト奨学金留学制度か朝日新聞奨学金留学制度などとても少ないチャンスしかありませんし、大企業の奨学金制度はその企業に勤めている子弟しか応募が出来ませんでした。

以前にもどこかで話しましたが1ドル=280円の時代でしたので私費留学をするためには今の金額で学費+生活費で年間600万円以上は必要でした。大学生の新卒で給料が10万円ぐらいの時代に私費留学が出来る家庭はホンの一握りしかいなかったのです。

振り返りますと、もしクラスメートとあの時話していなければ夢を叶えることはできなかったかもしれませんし、英語を話すことも海外で仕事をすることもできなかったでしょう。

チャンスは大事にしなければいけませんね