夢を追いかけていた私が居た!

留学試験には合格することができ、一歩夢に近づくことができました。この事によって大学への思いも少し変わってきました。

入学当初は女性だけの寮のような場所に住んでいたのですが、夏休み後は3畳一間、風呂無、トイレ共同、家賃9000円のアパートに移り、以前には余り持つことが出来なかった一人の時間を持てるようになりましたので勉強をする環境は良くなりました。良くなったと言っても学校の勉強以外に何を勉強すればよいのか、具体的に留学準備として何をすればよいのか、何をしなければいけないのかが全く分かりません。

留学試験を行った会社は国際ロータリーから依頼を受けて試験を行ったので、その会社が出発までの準備を行ってくれます。準備と言っても航空券の手配とビザの説明だけで、ビザを取りに行くにも自分でしなければなりませんし、それ以前にパスポートの知識もありませんでしたが誰に訊けばいいのかも分からず、大学の渡航経験が有る教授に尋ねました。しかし、パスポート取得に関してもチョットした問題が発生しましたが。ホームステイ先は国際ロータリーが探してくれて、この会社から知らされると言うことでした。この会社の名前は失念してしまいましたので仮に留学協会としておきます。

今の時代のように留学に関する本は有りませんし、コンピューターも有りません。ましてや身近に留学を経験した方は居りませんでしたので、全くの完全なる手探り状態で海外へ出る前に情報を手に入れることはできませんでした。パスポートの取得方法を探している時点ではカナダへの留学は決まっていませんでした。以前にもどこかで話しましたが、幼いころから入ってくる海外に関する知識は映画やテレビ番組からだけの物で、90%以上がアメリカに関するものでした。このため子供心にアメリカへの憧れは強く、アメリカへの留学を希望しておりましたし、留学協会での面接時にも「行きたい国はアメリカ、学びたいものは観光学」と伝えてありました。

合格後、しばらくして留学協会に呼ばれました。その時に尋ねられたのが「ホームステイ先ですが、1軒目はアメリカのテキサス州でホームステイ先はテキサス大学の教授のお宅、学ぶことが出来る場所はテキサス大学。2件目はカナダのバンフでホームステイ先はホテル経営者のお宅です。学ぶことが出来るのがカルガリー大学のバンフ分校。どちらがいいですか?」と言うことでした。この頃カナダは地図上で国がどこに有るのかと寒い国で、首都はオタワと言うことしか知りませんでしたし、テキサスに関してはアメリカ大陸の南に在り、気候は温かく西部劇で有名である人種差別が残っている地域が有ると言うことぐらいでした。さて、どちらにしようか???と真剣に悩みましたが、カナダと言う国に魅力を感じたのではなく、テキサスの人種差別に恐れをなしたのではなく、ホテル経営者でのホームステイと言うことに魅かれました。

この一点だけで滞在国を決めてしまいましたが、こうして年月が過ぎてみてもあの選択は正しかったと確信します。カナダは私の第二の故郷なのです。