夢を追いかけていた私がいた!

 

パスポート、アメリカへの入国ビザと準備が進んでいきました。そして大学の後期試験が始まり、それが終わると地元にもどる引っ越しの準備に入ります。

まだまだ気軽に引っ越しができる時代でなく、引っ越し業者が有るのか無いのかも分かりません。

大学へ入った時には生活用品を運ぶことはとても大変なことで、当時の国鉄、今のJRが引っ越し先の最寄りの駅まで寝具を運んでくれるだけでした。そのため駅からアパートまでは学校で友達になった人に手を貸していただき徒歩で運びました。おそらく、とてもたくさんのお金を支払えば引っ越し業者が居たのでしょうが、この時代は少しでもお金を掛けずに引っ越しをするためには自分で運ぶか引っ越し先で購入するかしかなかったのです。地元に戻る時には地元の友達に頼み東京まで車で来たもらい、荷物と一緒に帰りました。

引っ越しの準備と並行して留学先のカナダについて調べようと思いました。しかし、この時の私にはその手段が分かりません。現在はカナダ大使館へ行けば色々と情報が入手できることは知っていますし、数限りないカナダに関するガイドブックも有ります。ましてや、本を購入しなくてもコンピューターで色々の情報が入手できます。どこかでも書きましたが「ゼロからの留学」文字通り情報を入手する手段も分からなければ、カナダを知っている人も居りませんでした。旅行する人はとても稀でしたので書店へ行っても旅行ガイドブックは有りませんでした。このことが言えるのは帰国後カナダに旅行で行かれたい方からカナダについての質問をされたからです。ガイドブックが出版されていたら観光に関する質問は少なかったでしょう。

私のカナダに関する知識はカナダにはナイアガラの滝と五大湖が在り、首都はオタワと言うことぐらいで、自分が住むことになっているロッキー山脈に関してもカナダとアメリカに跨っている位で、詳しいことは何も知りませんでした。小学校、中学校、高校と社会科は大好きで地理は得意分野でしたが、それは机上の学問でイザ自分が行くことになった時に余の無知さに愕然としたものです。学問と言うものが、知識として知っていると言うことと、分かっていると言うことの違いを認識したのもこの時でした。

出発までに大学へ休学届を出さなければならない、引っ越しをしなければならない、英語の勉強もしなければならないと忙しい日々が始まっていきました。

大学の休学ですが、今と違い英語科に在籍していて英語圏へ留学をする場合でも単位は認めてくれません。完全なる休学です。そして、休学は一度に1年間しか認めてくれません。それ以上の休学の場合は一度帰国し、1年間通常通りに大学へ登校し再度休学をする。と言うシステムでした。語学を学ぶ大学としては最高の大学でしたがこの時代はこんな物でした。まだまだ留学が遠い話だったのです。