夢を追いかけている私が居た!

 

週に1度スーパーマーケットへ買い物に行くのですが、初めてスーパーマーケットへ入った時にはその大きさに驚きましたが、品物の多さにも驚きました。見た事もないような商品が並び、一つ一つのパックの大きさにも驚きました。

その頃の日本ではスーパーマーケットと言うものは現在のような巨大な物ではありません。八百屋さんが大きくなった感じで、八百屋、肉屋、魚屋、雑貨屋等ばらばらに店が在るのが一般的でした。現在、都会に在ります下町商店街のような感じでした。

私が生まれ育った町では味噌や醤油なども量り売りが当たり前で、味噌や醤油の入れ物をもってお店に行きました。

カートの大きさにも驚きましたが、お母さんの買い物の量にも驚きました。日本のカートの3倍ぐらい有りそうなカートに山盛りいっぱい買い物をし、何個もの紙袋に入れてもらい車のトランクは買い物袋でいっぱいになりました。そして、支払いはチェックで済ませました。チャックと言うものは今でも日本ではなじみが有りませんが、この時代では今よりも数倍の驚きでした。クレジットカードも無いような時代ですので、小さな紙1枚に金額を書けば買い物ができるとは全くの驚きでした。

今時の留学生の方には信じられないことかもしれませんが、日本の食料品は全くありません。ワシントンDCに行った時、味の素とキッコウマン醤油がスーパーマーケットで売られていましたがどうやらアメリカ国内の工場で作られているようでしたので味が微妙に異なりました。

カップヌードルをカルガリーのスーパーマーケットで見つけたのは西暦2000年でした。

1980年代前半のニューヨークは数件の日本食レストランが在りましたが、カップヌードルはまだ有りませんでした。もちろん、日本食料品店は存在しておりませんでした。

西暦2000年を境にして色々な日本食材料が輸入され、生産工場もできてきました。現在では肉製品以外で手に入らないものは無いぐらいです。

留学時代に思い出すのは、ある時母親がインスタントラーメンの味噌味を1ダース送ってくれました。それは涙が出るほどおいしく感じました。そして、子供たちも大好きになってくれ、1ダースのうち殆どを子供達に食べられてしまいました。

驚きのスパーマーケットデビューでした。その後、アメリカへ行ってもカナダ入っても必ずスーパーマーケットへは立ち寄ります。そして、見た事のないようなものを買って帰ります。