夢を追いかけている私が居た!

 

ここで忘れることが出来ない事が有りました。この出来事は私に「何が有っても留学というものを途中であきらめない!」という思いにさせてくれました。

この頃はバンクーバーでさえ観光客として来ている日本人はまだ少なく、日本人である私はちょっと珍しかったのかもしれません。入れ代わり立ち代わり色々な人たちが話しかけてくれましたがとても悲しいことに何を言ってくれているのか理解できないことがたくさん有りました。

その中でも“How is Canada?”と言われたことに答えることが出来なかったことが一番残念でした。

現代と違い、英米語科と言われても大学の授業は話すことに力を入れておりませんでした。ましてや高校の英語の授業はreading と文法が中心で話すという授業は有りませんでした。最初の方でも書きましたが、英会話の学校などは殆ど有りませんでしたので会話を練習することは殆どできませんでした。唯一の勉強方法はラジオとテレビでした。

Howという言葉が色々な疑問文を作り上げることは知らなかったのです。

せいぜい“How much is this?” “How are you?”などでした。後になり、英語が少し話すことが出来るようになったときにこの時に訊かれた“How is Canada?”を理解することが出来ました。そして、「カナダはとても素敵な所で大好きです」と答えることが出来なかった自分がとても情けなかったですし、この言葉が聴き取れなかったのではなく、理解できなかったのがとても悲しいことでした。

でも、たくさんの方たちと話をしましたが、みなさんは私が理解できていないと分かるととてもユックリ、何度も何度も同じ言葉を話してくれました。

こんな優しい人たちが居るカナダをどんどん好きになっていきました。

後に書きますが、第二次世界大戦前後に移住された方々とお会いすることが出来その方たちからも色々教えていただきました。そして、カナダと日本の関係を考えさせられ、両国の事を真剣に考えるという思いにしていただき、さらにはカナダがとても身近に感じることが出来ました。