夢を追いかけている私が居た!

 

私は正規の留学生ではありませんので朝の決められた時間や午後の決められた時間に学校へ行くわけでは有りません。

4月から9月中旬まで、今で言うオープンカレッジの様な授業を受けておりました。

授業内容はホテル経営学です。

Banff Centreに学校が有りましたが、今は何処にあるのか分かりません。何とも怪しい言い方ですが、かつてはバンフの街の端から学校の建物を見ることが出来ましたが、今では建物が新しくなったのか、学校を見分けることが出来なくなっております。

通学は自転車で山道を30分ほどだったと思います。帰りはとても楽でした。

足が着かない自転車でどこへでも行きました。タンヌルマウンテンのキャンプ場も行きました。

この頃はカナダだけではなく、世界中で今の様に日本人の留学生が居るわけでは有りません。ここバンフでも星野さんと言うスキー留学をされている方だけでした。星野さんは私より1年ほど早く留学されていたのですが、あまり英語が得意ではなかったようでした。現在はファニー方面でご家族といらっしゃるようです。

この頃はお一人でアパートに住んでいらっしゃいました。数回遊びに行ったことが有りますが、初めて訪れた時日本との違いにとても驚いたことが有ります。

カナダのアパートにはすべての家具が付いている処もあると言う事でしす。

今の日本では家具付きのアパートを見ることは有りますが、この頃は有りませんでした。

学校の話に戻りますが、日本人の留学生は私しかおりません。今の様にESLなどは有りませんし、一般的な語学学校もありません。そこで学校側は英語に慣れるまでと言う条件で授業には辞書を持ち込むことを許可してくださいました。とてもありがたかったのですが、電子辞書ではないので先生の話す言葉についていくことはできませんでした。

家に持ち帰る宿題で手いっぱいでしたが、予習をしっかりとやらなければ授業が全く分からない状態が待っています。当初は毎日の睡眠時間は2時間ほどでした。

しかし、このおかげで3週間ほど経ったころ漢字が書けれなくなりました。1か月から2か月に入る頃ダウンタウンを歩いているときに後ろから日本語が聞こえました。日本人が居る!と後ろを振り返りましたが、後ろには地元の方が歩いておりました。周囲にも地元の方しか見えません。数回そのようなことが有りました。この時に思ったのが、決して日本の方が居たわけではなく英語が母国語の様に聞こえるようになったと言う事でした。英語がかなり理解できるようになり、学校の授業も分かるようになり、1つ分かったことは「人間やればできる」と言う事でした。