夢を追いかけている私が居た!

 

現在のバンフをご存知な方は想像もできないでしょうが、この頃はホームステッドホテルの前は一般のご家庭でした。その横は空き地でガーモンモーテルまで何もありませんでしたし、モーテルを過ぎると一般家庭が数軒あるだけで、ボウビューロッジまでは数軒の家が建っているだけでした。しかし、この頃はそれが当たり前で今の様に至る所にホテルが在るわけでは有りませんでした。

gamonmotel

 

 

 

 

 

 

後ろに見える建物がガーモンモーテルです

バンフ大通りも数軒のお土産屋さんしかなく、住民用のパン屋とか洋服屋が殆どでした。バンフ大通りの観光協会横の学校を過ぎるとホテルや店は無く、一般家庭が少しあるだけで、学校から先は湖などに行く以外は行ったことも有りませんでした。

セーフウェイももっと小さかったのですが、その頃はとても大きく見えましたし、日本には無いような形態でしたので買い物にはワクワクしながら行っておりました。

セーフウェイに買い物に行くのは週に1度だけで、大きなカートに山盛りいっぱい食料品や日常品を買い車まで運び家に持ち帰りそれを整理する。という大変な作業が有りましたが何度も言うように日本の地方都市には今時の大型スーパーは在りませんでしたので、スーパーマーケットに行く日はとても楽しみでした。カナダから戻り、時々アメリカやカナダに旅をする時にはその都市に在るスーパーに立ち寄り、その頃には日本には無かったスニッカーズとか簡単に作れるケーキの素などを買い込んで帰ったものです。

現在では殆どの物が日本で手に入るようになっております。各国の物産展なども頻繁に行われており、海外旅行に行く方もとても多くなってきていますので、あまり外国製品だからと言う珍しさは無くなってきております。この感覚は外国に憧れ、外国製品に魅了されていた子供時代を過ごした人間にとっては寂しいような気がします。中学生のころ私の住む町に1軒だけ小さいのですが外国のアクセサリーや飾り物、偶にチョコレートやキャンディーを売っているお店が在りました。学校が休みの日には何も買うことはできないのですが毎週行っておりました。その頃の私にはその小さなお店が世界だったのです。