夢を追いかけている私が居た!

 

邦子さんがピンチャクリークに戻り、少し経った頃、日本からライオンズクラブ主催の高校生用短期ホームステイプログラムの団体がバンフを訪れることになりました。フレイムのお父さんはライオンズクラブに属しておりこの団体の世話をすることになったようです。

そこで私も手伝うことになりました。

まだ英語を流暢に話すことが出来ない時でしたが日本人の高校生の役に立ちたいと思いました。

この頃のバンフの観光スポットは現在ほど在りませんでした。バンフスプリングホテル、ボウ滝、サルファーマウンテンぐらいで、フドゥーズもリバークルーズも乗馬も有りませんでした。ですからバンフでの観光は1日で終わってしまいます。

サルファーマウンテンより

 

 

 

 

 

 

サルファーマウンテンよりランドル山を見て

この頃、バンフは宿泊地と考えられていたようで、バンフからレイクルイーズ、大氷河を観光しバンフに戻ってくるという日程でした。それ以上行かれる場合はジャスパーが宿泊地になったようです。私が帰国後、徐々にカナダへ観光する方が行くようになりました。その頃のカナダ観光のパンフレットはバンクーバーとビクトリアの2都市、バンフ宿泊でレイクルイーズ、大氷河観光、バンフからジャスパーへ途中の観光スポットを見ながら上がっていくもの、後はナイアガラ滝とトロント観光ぐらいでした。イエローナイフでオーロラを見るツアー等は全くありませんでした。現在では赤毛のアンで有名な場所を訪ねるツアーまで有ります。これらの観光地だけがカナダの良い部分ではないのですが。

さて、高校生は20名ほどだったと思います。午前中にバスでカルガリから到着しサルファーマウンテンのゴンドラで頂上まで行き、バンフ市街に戻ってくると昼食となりました。

数軒しか無いお土産屋さんで買い物をしたのですが、英語を話すことがあまりできない人たちが多く、また当時は日本人をほとんど見ないのでバンフのお店では日本人が英語を話すことが出来ないとは思わなかったようです。私の片言の英語でもとても役に立ち感謝され嬉しかったことを覚えております。

高校生たちはこの後レイクルイーズへ向かって出発していきました。数か月ぶりの日本語をたくさん話して、少しだけストレスが無くなりました。