夢を追いかけている私が!

 

午前中の学校が終わると家に帰っても誰も居ませんので昼食の頃はレストランの裏口から厨房に入り、お昼ご飯にコックさんが食べる賄の中華料理を食べさせてもらっておりました。

中国の方たちが話す英語は私にとっては難解でしたが、それでも同じ位の年齢の人たちの英語は理解することが出来ました。皆さんはカナダ生まれではなく中国に家族を残しカナダに働きに来ている方たちで、彼らにしても英語は難しいようでした。

秋になりカルガリーに帰られるまで中華料理を食べることが出来たことがホームシックに成らなかった一つの要因かもしれません。

昼食が終わり、子供たちが学校から帰宅するまでの時間がある時には厨房の仕事も手伝っておりました。もちろんこれに関しても公には働くことはできませんので、あくまでもお手伝いです。それでも日本とは違う厨房内の機器や料理道具を見たり触ったりすることは自分の興味を満たすことにも、今後の自分のためにもとても役に立ちました。

この時初めてカナダの厨房で使われている皿洗い器を見ましたが、その大きさと便利さに驚きました。もちろん日本では一般家庭でも、レストランなどにも皿洗い器は無い時代でした。

カナダに到着してキッチンに在る家庭用食洗器を見ただけで日本との違いに驚いていたぐらいですから、レストランの皿洗い器への驚きは半端なかったです。

カナダに来てからスーパーマーケットへ行っても見ることが無かった白菜や大根がこの厨房には有りました。どこから手に入れているのかは分かりませんが、その野菜たちを使って賄いご飯を作ってくれますので無給でも皿洗いのお手伝いをすることは難でもない事でした。

夏の間しか営業をしていないためにホームステッドのレストランも土産店もお休みは有りませんので従業員の人たちも交代で休みを取ります。私の休みの日とお休みが重なると皆で映画を見に行ったりするのですが、そんな時私は必ず子供料金を支払うだけでした。19歳の私はいつも14歳に思われていたようです。

この後も同じようなことが有りました。この当時で、日本人がとても珍しいことから起こったことだと思います