夢を追いかけている私が!

 

バンフ滞在が数か月を過ぎたころ、車の免許を取ろうと思った時も同じ経験をしました。

免許取得の申し込みに行った時の事です。

係官の方に「16歳からしか免許は取れない」と言われましたので「19歳です」と言いながら身分証明を見せたことがありました。結果的には免許証は取れましたが、その頃の免許取得と現在とでは法律が違ってきているのかもしれません。

この頃は日本の免許をカナダ用に書き換えるとか、国際免許は無い時代でしたので、カナダでの免許取得が人生で初めての免許取得となりましたし、永住権や居住権を持たない外国人である私でも免許証を取ることが出来ることには「カナダって何って心が広い国だろう」と思いました。

夏の数か月間しかバンフの土産物店は開いておりません。もちろん地元の人用に営業している店は有りますが、これらは生活者用で土産物店が営業しているのはほんの数軒でした。

冬は現在のバンフの様ではなくとても閑散としておりました。

この頃のバンフでは土産物店はバンフ大通りに5軒ほどしかありませんでしたが、秋が深まっていくと2軒ほどしか営業はしなくなります。もともとバンフ大通りのクロックスタワー辺りから始まり、観光局の先に在ります学校辺りまでしかホテルも店も在りませんでしたのでほとんどの土産物店が閉っても気にすることは有りませんでした。

冬にはバンフはスキーヤーの中継点になるだけで滞在をしても、レイクルイーズやサンシャインへ行かれる方の短期の宿泊だけで、世界各国からスキーに来た方たちが到着日と帰国前日にカルガリーへ移動するための宿泊地でした。

この頃は日本から夏に観光に来る方も居なかったぐらいですので冬にスキーに来られる方は全く居なかったです。来られてもウィスラーまででした。

西暦2000年から5年間ほどカナダ、バンフ周辺で旅行会社をしておりましたが、この頃から団体旅行だけでなく個人でもスキー・スノーボードに来る方が増えてきました。

秋が深まっていきますとこの辺りは紅葉が有りませんし、雪もまだ降りません。そうすると

色々なホテルやレストランが閉り始めます。バンフ中から人々が減って行き寂しくなりました。

ホームステッドの従業員の人たちも1人また1人と地元に帰っていかれます。

 

話は進みますが、皆さんが地元に帰られた頃、次の滞在先でありますウォータートンレイクへの入り口の町ピンチャクリークへ引っ越して行きました。

 

追加ですが:紅葉は有りませんが黄葉はとてもきれいです