夢を追いかけている私が!

 

6月頃だったと思います。ある日、日本の男性で(Aさん)偶然にも私が住んで居ります隣の市から来た方がホームステッドホテルで働きたいと言ってきました。

フレームのお父さんが私を呼びに来て「日本人だと思うけれど英語がほとんどできないから通訳してほしい」とのことでした。ホテルのオフィスへ行き、通訳をして彼は働くことになりました。

それまではカナダ中から働きに来ている人たちが何所に住んでいるのか気にもしていなかったのですが、Aさんが来たことによりホームステッドホテルの従業員には寮が有ることを初めて知りました。

この方は世界一周をされている途中で、観光地であるバンフなら働き場所が有ると思いバンフまで来たようです。夏の間だけここで働きお金を貯めて西側に行く予定だそうです。

ホテルの中であまりお会いすることは有りませんでしたので、どんな仕事に従事しているのかは知りません。

数日後に彼はお父さんに連れられてカルガリーの移民局まで行き、労働ヴィザを取ってきたようです。この頃は労働ヴィザを取得することはとても簡単だったのです。

そう言えば以前スキーヤーの星野さんが話してくれましたが、星野さんは私より1年早くカナダに来られました。その年までは移民ヴィザは申請さえすれば簡単に取得できたようです。もちろん星野さんは居住権を取得されたそうです。

Aさんは2か月ほど働き寒くなる前に西を目指すとバンフを去っていきました。

 

気候がとても良くなり生活も慣れてきて、日曜日などは家の横に在ります6畳ほどの庭に出て日光浴をするようになりました。この頃にはお母さんも忙しくテニスをする暇は有りませんのでもっぱら一人でできることをしておりました。

その庭は現在のレストランメリッサの横に在りリングスストリートに面しておりましたので通りを通る人たちからよく声をかけられました。

ここで1つ覚えているのが、タンヌルマウンテンキャンプ場への行き方を訊かれた時の事です。場所も道も分かっているのに「この道を突き当りまでまっすぐ行く」と言う事を伝えたかったのですが「突き当り」と言う英語が分からず正確な道を教えることが出来なかったことです。

その時は悔しくて直ぐ辞書で調べたのですが「突き当り」に値する単語が見つからず、再度悔しい思いをしました。

こんな感じで一つ一つの単語を覚えて行きました。