夢を追いかけている私が居た!

 

ホームステッドのレストラン厨房に出入りしている時に色々な中華料理の賄を食べることが出来ましたが、それと同時にカナダ製のケーキも食べることが出来ました。もっともそれらのケーキがカナダ製ではなく一般的なケーキだったのかもしれません。

日本は今ほど裕福な国ではなかったので一地方都市にケーキ専門店が在ったわけではありません。生クリームのケーキも存在していたかもしれませんが私は食べたことが有りませんでした。ケーキを食べることが出来るのは誕生日とクリスマスで、ケーキは大きなお菓子屋に注文し、バターケーキと言うちょっとくどいケーキが主流でしたので、厨房で食べることが出来た「ブラウニー、ライスプディン、チョコレートケーキ等々」は生まれて初めて食べた物で、あまりの美味しさにとても幸せな気分になりました。

ピンチャクリークで滞在させていただいたフリッツ家のお母さんはケーキを作ることが得意で、私のケーキ作りもフリッツのお母さんから教えていただいたのが始まりです。

厨房で食べたケーキに「こんなに美味しいものがこの世に在るのか!」と驚きましたが、もう一つ驚いたのはハンドミキサーです。今ではどこのご家庭にも有ると思いますがこの時代にはハンドミキサーは日本には有りませんでした。因みに電子レンジ・オーブンは無く、一般的な家庭では小さなガスオーブンを使用しておりましたが、それさえ滅多には見ることが出来ませんでした。

高校生の時友達の家のお母さんがクリスマスの時ケーキを毎年作っておりましたが、厚手の鍋の様なケーキ用鍋で焼いておりました。

カナダに在って日本に無い物がたくさん有りました。とろけるチーズ、ケーキの素、ホースラディッシュ、サワークリーム等々、食べる物だけでも数えるとキリが有りません。

この頃の私は日本にはどのような食物が持ち込めないのか、日本に帰国の時にお土産なり何なり持って帰っていいものが何で、どのくらいの量なり数なりを持って帰れるのかを全く知りませんでした。現在は肉に関するものは全くダメなのですが、この時代はもっと厳しかった様です。もちろん植物検疫と言う場所が在ることも知りませんでした。

しかし、日本に帰る時にアイシングシュガーとケーキの素をたくさん持って帰りました。