ウォータートンレイクから戻り、邦子さんのホームステイ先のご主人であるMr.Roledgeから奥様の姉妹でFritzご夫妻が隣のブロックに住んでいらっしゃり、ホームステイしたい日本人を探していると聞きました。そしてここからレースブリッジのカレッジに通うことが出来ると話してくれました。

滞在最終日にローレッジのお母さんと邦子さんの付き添いでフリッツさんのお宅に伺い、秋になったらピンチャクリークに引っ越しをすることを決めてきました。

それと言いますのも、ロータリークラブの交換留学では奨学金が出る期間が半年と言う事は決まっており、学校終了後には帰国しなければならないというものでした。

そこで以前に書いたと思いますが、フレームのご夫婦とカルガリの移民局へ行きビザの延長の手続きをする際係官の方に「このままバンフでの滞在は半年でいいのですか。それともどこかの大学に入りなおしますか。入るのならその間のビザは出しますが。」と言われたことがあります。この時の私にはカナダの大学に入り直すだけのお金も有りませんし、大学に入学するための手続きなどの知識も有りませんでしたので諦めました。

カナダに来る前、日本で留学試験に合格した時には「半年間の滞在」と言う期間が長いものに感じました。半年間海外で暮らすことが出来ると言う事は現代の時間の流れ感覚で言いますと3年ぐらいになります。たった半年でも周囲の人たちは送別会まで開いてくれ、人によっては今生の別れ位の感覚でした。でも、実際にカナダに来てからの私には半年はとても短いもので、もう少し学びたい、もう少しカナダで暮らしたいと思う日々でした。

帰国しなければならないのならカナダの色々な場所を見てみたいということでピンチャクリークを訪れたのがこの先進む道を開いてくれたものとなりました。

今ではアメリカやカナダに留学したい人たちのお手伝いをしたり、飛行機の手配をしたりと知識も増えてきましたが、この時点では自分自身が語学学校や大学に入る方法も知らなかったのです。

振り返ってみますと、好奇心だけで色々な事をやってきたことが色々な知識に結びついていると感じます。

ピンチャクリークの町を見下ろして

ピンチャクリークの町