夢を追いかけている私が居た!

 

お金は無く、何の伝手も無く、単に学生である私にとってはこの時代の夢としては今の時代に月に行くと言う感覚ほど大きな夢を叶えてカナダに来ることが出来ました。

さて?次は何をしようか?と悩み始めている頃の邦子さんからのお誘いでした。

バンフ以上に良い所はないと今でも思っているほど私はバンフが大好きです。そんな大好きな場所を離れてまで次の何かを探そうと考えたのです。

次に何が在るのか?と言うよりも単に別の事をやりたいと言う事しかありませんでした。

そして、ピンチャクリークへ行くという選択をしました。

この引っ越しの少し前の事ですが、まだ此処から出ようと考えていない時に日本に居る友人を通してバンクーバーからサンフランシスコまでの飛行機のチケットをいただきました。飛行機のチケットは今も昔も乗客の名前が必要です。第三者の名前が書いてあるチケットを私の名前にしなければなりません。現在では名前の変更は出来なくてキャンセルして新たに取り直すことしかできないのですが、この時代は変更が出来ました。バンフに在る小さな旅行会社へ行き「このチケットの名前の変更をしてください」と言ったところ「日程も変更できますがいつにしますか」と訊かれました。

日本に帰国する時にはバンクーバーからサンフランシスコ、ロサンゼルスへと旅をしながら帰ろうと思っていたのでこれは渡りに船でした。しかし、帰国する日などは決まっておりませんでしたので結局はこのチケットを保留にしてもらいました。結果としては帰国時にはバンクーバーからサンフランシスコまでこのチケットを使うことが出来ましたが。

以前にお話ししましたが私の航空券は恐らく1年間のオープンチケットで東京の羽田~ロサンゼルスの往復に行きだけのロサンゼルス~カルガリーが付いている物でした。この為、何とかしてロサンゼルスまでは辿り着かなければなりませんでした。恐らく1年間のオープンチケットと書いたのは、チケットに帰国日が記入されており、その日は半年後の日付でした。これも以前書いたのですが、私は入国時に学生ビザを持っておりませんでしたので、1年後の帰国日が書き込まれておりますと入国することはできなかったからです。

皆さんはご存知だと思いますがこの時代のカナダでは半年間はビザが無くても滞在が出来たのです。

半年後に乗らない場合は航空会社にその事を連絡しなければなりません。連絡後は帰国する時に連絡をすれば良いだけで搭乗日の72時間前までに連絡をし、空席が有れば乗れました。私もチケットに記入されている日には乗らないことを連絡し、後は帰国日が決まってから連絡をするだけとなりました。

帰国する時の話はまた書きます。