夢を追いかけている私が居る!

 

何度も今まで書いてきましたが、私の時代には地方の都市ではネイティブの方たちによる英会話の学校は在りませんし、英会話の学校自体も探すのは大変でした。

ネイティブの発音に触れることは日本の大学に入ってからの授業で週に数度、数時間しか無く東京でさえ外国人の旅行者を見ることは今ほどでは有りませんでした。

こんな時代にカナダに渡ったのですが、カナダでは当時は大学入学のための付属の語学学校は在りませんし、個人経営の語学学校も有りません。唯一存在しておりましたのが移民の方たち用の英語勉強会でした。これは移民の方しか入ることが出来ないわけではありませんが、そこに通うだけの時間も有りませんでした。ブッツケ本番やるしかない状態の留学ですが、これがとても良い事だったと今でははっきりと感じます。

何故ならば英語を理解し話すしか意思を表すことも出来ないし相手を理解することも出来ません。自分以外に日本語を話す人が居ない世界に入り生きていくことのためには英語を使いうしか方法が無いのです。

これは今の方たちには分からない事だとは思いますが3週間ほどで相手の話すことを理解できるようになりました。そして、同じころには簡単な漢字を書くことが出来なくなりました。例えば「子とか行く」と言う漢字です。

この時代にはパソコンどころかワープロも有りません。

ですから手紙を書くしか親や友達に近況を知らせることが出来なかったのです。

到着して直ぐの頃は手紙を書いても郵便局に行き切手を買い、カナダからは海外に当たる日本にどの様にすれば手紙を送ることが出来るのかもわかりませんでした。その行動をする英語も知りませんでした。少しだけ生活に慣れてきたころどうすれば手紙を出すことが出来るのか分かり、郵便局がどこに在るのかも分かってきた時、手紙を親に送ることにしました。それがカナダ到着から3週間ほど経った頃です。そして、漢字が書けれなくなっておりました。