夢を追いかけている私が居る!

 

いつの頃だったのかは覚えていませんが、何もかも嫌になりフリッツの家に居ることさえ嫌になったことが有ります。と言って日本に帰りたいわけではありませんでした。

レースブリッジまで行かなければカレッジに行くことが出来ないので毎日は行っておりませんでしたし、ただお母さんの代わりに家事をやり、暇な日には邦子さんと話をしたり家の裏の丘に散歩に行ったりと言う単調さが嫌になったのかもしれません。

理由はハッキリとは分からないのですが、とにかくすべての事が嫌になりました。

多分1人になりたかったのかもしれませんが、どこかに旅行へ行くような金銭的な余裕も有りませんでしたのでどうしようか悩みました。

この様な気持ちをお母さんたちに話しても理解はされないと思いましたし、邦子さんに話して心配をかけることに気が引けましたので1人で悩みました。

結局はどうすることも出来ずに居ましたが、たった一日でいいので1人になる方法を考えました。そこで選んだのが町の中に一軒だけ在りますホテルに泊まり1人になることでした。この当時のピンチャクリークにはメインストリートの丁度真ん中でグレイハウンドのバスは停まりました。そのバスが停まる場所がグレイハウンドのチケットを売っておりますしホテルにもなっておりました。

現在は街の外れに2軒ホテルは有ります。昔と違い現代的なホテルで一軒は裏側にゴルフコースを持っております。なぜこんな人口が3000人ほどしか居ない小さな町にホテルが2軒も在るのか不思議でしたが、想像しますとピンチャクリークはアメリカとの国境近くに在りますウォータートンレイク国立公園の入り口の町で夏に成りますと多くの観光客が訪れます。そこで公園入口の宿泊施設に成っていると思います。

また、ブリティッシュコロンビア州に向かう道路も有り、途中にはフランクスライドやクロウネスト山なども有り結構な拠点となっております。

話しが戻りますが、どうしても一人になりたくて一軒だけのホテルに宿泊することにしました。しかし、とても小さな町なのでピンチャクリークに居ないはずの私が街の中を歩くことはできません。

そこでホテルのカウンターでチェックイン時には日本の住所を書きました。夕食や朝食はホテルで食べることにしました。余り豪華ではない部屋の中に一人で居りますと自分が何を馬鹿な事をやっているのかと反省はしましたが、この1人の時間を持てた事は頭の切り替えには良い事でした。

お母さんにはカルガリーまで行くと言ってバスが来る時間に家を出ました。次の日のカルガリーからのバスが来る時間に合わせて家には戻りました。

こんな小さな旅行ですが今となりますとチョットした思い出に成っております。