夢を追いかけている私が居る!

 

クリスマスが終わりお正月も終わりました。

昨年の暮れクリスマスケーキを作りながらカナダに思いを馳せケーキの作り方や道具など色々な事を思い出したりしていました。

私はクリスマスの時期に丁度ワシントンDCに居るバンフでお友達になったトシコさんを訪ねる旅に出ていましたのでフリッツのお母さんがどのようなケーキを作り、どのような材料と用具を使用したのかは知りません。しかし、ほぼ毎日ケーキやお菓子を作っていたので大よその検討はつきます。

以前にもどこかで書きましたので皆さんはご存知だと思いますが、この頃の日本では余程のお金持ちでないとケーキを焼くためのオーブンは家には在りませんでした。もちろん世に電子レンジは存在しておりません。

私は高校生の頃友人のお母さんで、家庭でケーキを焼く方が居ましたのでクリスマスが近づくと毎年ケーキを焼きに行っておりました。しかし、オーブンは有りませんので鍋を使いガスコンロで焼いていたのを何となく覚えています。

ですからカナダに来た時に大きなガスオーブンが各家庭に有ることには驚きました。そのオーブンを使いおおきな肉の塊を焼いたり、クッキーを焼いたりと言う光景を見ると、以前にも言いましたが日本が戦争に負けたことが納得しました。

さてケーキに戻りますが、この頃は生クリームのケーキは存在していなかったと思います。

我が家が余り裕福でなかったので生クリームのケーキを知らなかったのかもしれません。

カナダでこの頃に食べた豪華な今時っぽいケーキはローレッジの娘の結婚式でした。

このケーキもリンリー(花嫁)のお母さんの手作りで何段も重なっている物ではありませんでした。そして、生クリームではなくバタークリームでした。

10年ほど前、バンフのとあるモールのフードコートで友達たちと昼食をしている時いきなり声をかけられました。カナダ人女の子が「このケーキを食べてくれませんか?大きすぎて残ってしまったので。」と言われ、ケーキを見ると大きな鍋の蓋ぐらいの大きさで半分ほど残っておりました。その女の子の後ろには10人ぐらいの人たちが誕生日パーティーを開いていたらしく、皆さんで「食べてください」と声が掛かりましたので喜んで頂いたのですが、やはりバタークリームとチョコレートのコーティングでした。

何年か前VIAに乗りバンクーバーからバンフまで旅をした時の夕食にでたデザートのケーキもバタークリームでした。

当時はオーブンにしてもケーキの材料や道具類など完全に日本は遅れていました。

でも、それらが私には「いつかは追い付くぞ」と夢を持たせてくれました。