夢を追いかけている私が居る!

 

ロサンゼルス空港から帰国するためにロサンゼルスで前日は宿泊するしかありませんでした。帰国する少し前からグレイハウンドのバスでアメリカ・カナダの旅をしながらロサンゼルスを目指しました。このお話は近い内に書かせていただきます。

この旅行の間カナダドルとアメリカドルとの両替を数回行いましたが結局のところアメリカドルを持っていればカナダでも困ることは有りませんでした。

日本から出る時にその当時でたった10万円を所持しただけでしたが当時はコーヒー一杯の金額が120円の時代でしたので10万円はナカナカの金額でした。

それでも、出る前に両替した時には500米$も無かったのです。たったそれだけにお金を持ち1年間の留学に出発しました。私はこの時為替両替のシステムを全く知らず、まして国によって異なるお金が有ることさせ考えもしませんでした。

今でこそ学校の社会科で世界の主要国の通貨を教えてくれますが、この時代は海外に行くこと自体が稀な事なので重要授業内容として教えることは有りませんでした。

言い訳になりますが、学校の授業で教えられなかったのと子供のころからアメリカ=世界だと思い込んでいた報いが為替両替の損失を生み出したのかもしれません(笑)

日本で両替したお金は米ドルでしたので最初の到着地でありますロサンゼルスに到着したホテルでは困りませんでした。そして、ホテルからカナダ行きの飛行機に乗るために再度空港へ行くタクシーにも困りませんでした。

カナダに到着し、お迎えのフレーム家の人たちにお会いしても困りませんでした。ホームステイが始まりバンフの町をブラブラと散策したりキムとサイクリングに行ったりしても困りませんでした。

しかし、フレームのお母さんが「お金を持っているのなら銀行に預けたほうがいいですよ」と言われ銀行に連れて行ってくれました。そして、通帳を作り所持しているアメリカドルを全て預ける時に「アメリカドル480ドルですね。カナダドルですと500ドル以上になります」と言われ、ここで初めてカナダとアメリカのお金は異なると言う事を知りました。

そして、カナダ1ドルとアメリカ1ドルは価値が異なることも知りました。

本当に何も知らずに留学したことを再認識しました。

また、この当時はとても簡単に銀行の口座を開くことが出来たのです。学校の証明書もヴィザの提示も必要ありませんでした。

余談ですが車の免許も年齢さえ満たしておれば外国籍の私でも何も証明を要求されず取ることが出来ました。

以前にもお話しましたが、未だクレジットカードやデビットカードと言う物が存在しておりませんでした。フレームのお母さんたちは買い物をすると小銭でない限りチェックで支払っていました。